エヴァンゲリオンがわかりにくい理由と、他の作品との大きな違い【アニメ紹介】

この記事を書いている現在、アマゾンプライムでエヴァンゲリオンの最新作「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開されています。

シン・エヴァンゲリオンが劇場公開されたのが、2021年3月8日だったし、またブルーレイ化の話も出ていないのに、サブスクリプションサービスでの公開は異例の速さだと思います。

というわけで、早速アマゾンプライムで見てみました。

シン・エヴァンゲリオン劇場版 https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B098T4QYZ3/ref=atv_dp_share_r_tw_830b454729dd4

わたくしDAsanは、これまでのエヴァンゲリオンもはじめのTVシリーズから全て見てきています。

はじめに断っておくと、エヴァンゲリオンファンというわけでもありません。

たしかにリアルタイムが中学生でしたからチルドレン世代真っ只中で見たので衝撃的ではありましたが、エヴァンゲリオンを信仰しているわけではありません。

はじめてみたときのTVシリーズ最終回の「おめでとう」を見て、あぁおめでとう!よかったよかった!って思っていたのですが、

エヴァンゲリオンはTVシリーズが終わったときに、賛否両論が沸き起こり話題になっていました。そして、エヴァンゲリオンがわからないという人がたくさんいました。

今回完結した新劇場版のエヴァンゲリオンを見た方の中にも「よくわからない」という人がいると思います。

そんな人のために、エヴァンゲリオンはどう見たら楽しめるのか、なんでわかりにくいのか、そんな事を書いてみたいと思います。

個人的な感想も含まれますので、エヴァンゲリオンに強い思いのある方は読む必要ないと思います。

エヴァンゲリオンはアート的に表現されているからわかりにくい。

エヴァンゲリオンを純文学的と表現する人もいます。

純文学というのは、読者の需要を考えた表現に頼らない、作者が純粋に表現した作品のことをいいますが、

たしかに、エヴァンゲリオンは純文学的だと思います。

また、コンテンツとしてみると、
見た人が感動するように物語を考えて、視聴者にわかりやすいように表現をする、それが商用コンテンツとか、プロダクトデザインというものだと思いますが、エヴァンゲリオンはそうではなく、作り手が表現したいように作られたアート的な作品だと思います。

アートというとお高いイメージだったり、凄いものと感じる人もいると思いますが、個人的にはこう分けて考えています。

商用コンテンツ・プロダクトデザインというのは、視聴者・利用者の需要を考えて、わかりやすく使いやすくデザインすること。

アートというのは、作り手がイメージしたとおりに作られ表現されたもの。

そう分けて考えています。

商用コンテンツ、プロダクトデザインから考えると、作り手が作りたいように作っている自分勝手な作品とも言えるので、商用コンテンツとかプロダクトデザインを作っている人のほうがずっと凄いし、価値があると個人的に思っています。

つまり、エヴァンゲリオンは視聴者がわかりやすいようにとか、感動してもらえるようにといった作り方をしていないように思っています。

もちろん、劇場公開されるうえで様々な大人の契約や、条件はあるでしょうけど、エヴァンゲリオンがTVシリーズで賛否両論を巻き起こしたことで生み出した、「エヴァンゲリオン」という大きなブランド価値があるので、スポンサーさんなどから「子供にもわかりやすくしてください」などの要求が極めて少ない状態で公開できる環境ができているのだと思っています。

だから、わからない人にはわからなくて当然なんです。

普通のアニメはわからない作品に予算を出す、スポンサーなんていないですから。
説明台詞を入れたり、わかりやすい表現をします。
そんな作品と同じようにエヴァンゲリオンをみたらわからなくて当然なんです。

まず、これを理解する事で見る側から理解していく必要があるということがわかると思います。

だから、いろんな人のいろんな考察があって、それが多すぎて余計にわかりにくくなっている。

それがエヴァンゲリオンなんですね。

エヴァンゲリオンは人間の感情をリアルに表現しているからわかりにくい。

エヴァンゲリオンは人間の感情表現を丁寧にリアルに描いていると思います。

丁寧にというのは、わかりやすくではありません。

わかりやすい作品というのは、結局セリフやキャラクターの仕草で、視聴者がわかるように表現することで没入感を与えて、感動させてくれます。

それはアニメ的なわかりやすい表現だったりします。

でも、エヴァンゲリオンではそういったアニメ的わかりやすい表現をしていません。

リアルな人間の言動や行動とかなり近い感覚で描かれているように思います。

例えばわかりやすい表現をしているアニメの場合は、キャラクターが一人でいるのに、その行動や考えていることをナレーションや、独り言のセリフとして視聴者に伝えてくれます。

一方エヴァンゲリオンでは、喋らないシーンでは喋らないし、何を考えているかなんて教えてくれないし、誰も視聴者に説明してくれません。

エヴァンゲリオンの世界の中で当たり前の事を、登場人物の間でわざわざ説明したりしないので、視聴者が描かれている絵や、カメラワークや、誰の目線なのかを常に考える必要があります。

また、エヴァンゲリオンの世界の大人はやたらと難しい言葉を使ってやり取りしています。

実際にビジネスマンは、ビジネス用語を、政治家は政治的表現をするのと同じように、そのキャラクターのポジションなりの世間体を考えた言い回しをして、本音や感情を表に出しません。

だからセリフを聞いていてもわかりにくいようになっているわけです。

でも、現実は相手の心の声がナレーションで聞こえてくるわけじゃないし、わざわざ自分の立場が悪くなるような本音を喋ったりしないし、身近な人以外に感情を表に出すことも普通はしません。

そういった意味でとてもリアルに描かれていると思います。

それのせいで、わかりにくくなっているわけです。

エヴァンゲリオンは観測者の視点が切り替わるからわかりにくい。

エヴァンゲリオンは主人公のシンジくんをはじめ、エヴァンゲリオン搭乗者のレイ、アスカ、カヲルくんや、それをサポートするネルフの大人たち、また人類補完計画を進めるゼーレのおじさんたちなど、たくさんのキャラクターによる群像劇になっています。

基本的には主人公のシンジくんから見た世界になっていますが、その視点は場面によってころころ変わります。

セリフで本音や感情を伝えない分、この視点の切替で、いろんな人の感情を伝える表現をしているように思います。

そういった細かい演出がエヴァンゲリオンの面白さでもあると思います。

実際にある、自分からみたら嫌な人でも、別の人からみたらいい人に見える。なんていう事を視点の切替で見せることで登場人物の人物像を描いています。

普通のわかりやすいアニメの場合は、説明したり、心の声を喋らせて伝えることが多いので、そういった表現になれていて、同様の感覚でエヴァンゲリオンの登場人物を見ると全然わからなくなると思います。

また観測者という言葉を使いましたが、視聴者という言葉では無く観測者という言葉を選んだ意味があります。

それは、総監督の庵野秀明さんという観測者の目線も作品内に含まれているように感じているからです。

エヴァンゲリオンを作っているという事がどういうことなのか、アニメを作るということがどういうことなのか、そういった視点も織り交ぜられているように思います。

なので、劇場版で度々登場する実写や、TVシリーズでもあった、色が塗られてない線画などっていうのは、作る側の観測者としての視点なんだと思っています。

そういったいろいろな観測者によってエヴァンゲリオンの世界は具体的な形を保っていて、それは人間原理という宇宙論での「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」というSF的な意味合いも含まれているように思います。

人間原理
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E5%8E%9F%E7%90%86

エヴァンゲリオンは「わからない」を描いているとも言える

これまで書いたように、視聴者のわかりやすさを考えないアート的な作り方で、本音や感情をセリフで伝えてくれなかったり、複数の登場人物の主観にころころ切り替わるのでわからなかったり、そういったわかりにくい事をわかった上でこの作品は作られていると思います。

なので、エヴァンゲリオンは「わからない」の表現という見方もできるかもしれません。

他人のやっていること
他人の考えていること
大人がやっていること
大人が考えていること
子供がやっていること
子供が考えていること

自分以外の他人の本当の考えや気持ちは結局のところ、本当に理解することはできない。

自分という観測者の知識や経験の上で想定できる範囲内でしか他人の気持ちや考えは理解できないし、理解していると思っている他人の気持ちや考えは観測者の知識や経験の上で想定できる範囲内で作り上げたものに過ぎず、実際の他人の気持ちや考えとは違いますから、

エヴァンゲリオンはそういった「わからない」を表現しているとも思いました。

シン・エヴァンゲリオンを見た個人的な見方と感想

最後に、わたくしDAsanが個人的にエヴァンゲリオンを見てきて思ったことや、こうなんじゃないかな?といった見方を書いてみたいと思います。

ここからはシリーズ作中のネタバレを含みますので、未視聴の方はご覧になった後で読んでいただけるとありがたいです。

リアルタイムでTVシリーズを見ていたときは、なんとなく見ていて、最終回を見たときも感覚的にスッキリしたのですが、当時の理解力と語彙力ではそれを説明できませんでしたが、今考えると、これまで書いてきたような見方で見ていたからだと後から気づきました。

シン・エヴァンゲリオンという最後のエヴァンゲリオンを見て感じたことは、庵野秀明という監督はSFとエンターテイメントのバランス感覚が自分の感覚にあっていて気持ちいいなとあらためて感じました。

SFをやろうとしているけど、説明が多すぎたり、設定がおかしかったり、エンターテイメント性を損なうほどSF設定を見せ過ぎたりといった作品が多いのですが、庵野秀明監督の作品は基本的によけいなSFの説明をしないし、エンターテイメントとして、理屈じゃなくカッコいいからこれでいい!という昔のロボットアニメの無理がある変形みたいなロマンを感じられる見せ方もあって、そのバランスが自分の感覚に合うんですよね。

全体としてはそういう感覚で見ていました。

作品としては、人間の感情と、未観測の現象のアニメ的表現が大きい2つの柱だったように思います。

まず、人間の感情としては、碇ゲンドウのユイへの思いが一番大きく扱われています。

シリーズ通して碇ゲンドウはユイの本当の気持ちやユイが見たものを知りたくて、人類補完計画を進めていたように思っていました。

現実でいうと、嫁さんを幸せにするために仕事を頑張るとかそんな感じかな。

ユイの気持ちが知りたくて、クローンを作って、娘に付けるはずだった「レイ」という名前を付けてみたりしたけど、ユイの魂はそこにはなくて、ユイの魂が溶け込んだエヴァンゲリオン初号機に息子のシンジを載せることで何か反応があるかと模索したり、人類補完計画で人類の魂をすべて統一することでユイの魂と一緒になれると考えて行動している人と考えていました。

とにかく、地球や人類を犠牲にしてでもユイを求めていたのは何だったのかと思っていたのですが、新劇場版のQで「あぁ、そういうことか」と思いました。

それは冬月という男です。

彼はNERVの副司令官で碇ゲンドウそばでいつもその活動を支持しサポートしています。

前作のエヴァンゲリオン新劇場版:Qで、その冬月とシンジで将棋をするシーンがあります。

それを見て、親子みたいなシチュエーションだけど、なんでゲンドウじゃなく冬月なんだろうと思ったのですが、もしかしたらシンジの父親は冬月なんじゃないか?とそのシーンを見て思いました。

そう考えると碇ゲンドウのユイの気持ちを知ろうとする執着と、冬月が碇ゲンドウに尽くしている意味合いがなんとなくわかってきます。

碇ゲンドウはなんとなく気づいてしまって、それをユイに確認したい。
冬月はそれをいえないけど、碇ゲンドウへの償いと、息子のそばにいられるという意味でそのポジションに居続けているように思い、その行動の意味がわかったように思いました。

当然説明は無いので、個人的な憶測ですが。

次に、未観測の現象のアニメ的表現についてですが、

SFや特撮が好きな庵野秀明監督らしい表現が見どころだと思います。

エヴァンゲリオンには天文学や宇宙論に出てくる言葉や、それに似た言葉がよく出てきます。

シン・エヴァンゲリオンでも裏宇宙や、真空崩壊といった言葉が出てきました。

裏宇宙という言葉はそれっぽい表現にするための言葉かと思いますが、自分たちが住む宇宙とは違う宇宙という意味合いで、真空崩壊によってできた宇宙を裏宇宙と作品内で表現しているように感じました。

自分たちが住む宇宙というのは、自分たちが認識している物理法則の上で成り立っています。
真空崩壊というはシンプルに説明すると、自分たちが認識している宇宙の真空の状態が変わり、まったく違う物理法則の世界になるとこうことですが、それによりできた宇宙が物理法則がまったく違う裏宇宙なんだと思います。

裏宇宙の中でゲンドウとシンジくんが戦うわけですが、どういうわけか、特撮のセットの上やミサトさんの部屋などで戦いが始まります。

それは、観測者の知識と経験の中のイメージでしか裏宇宙の状態を認識できないという表現をしているのだと思いました。

つまり、庵野秀明監督の知識と経験の中の戦う場所というイメージによって物理法則が違う裏宇宙の中でもそう見えるという事を表現したんじゃないかと思います。

人間の感情の表現が各キャラクターごとに演出されていて、実際に観測されていない真空崩壊という現象や、裏宇宙といった実際に研究されている天文学や宇宙論をベースにした表現が見ていて楽しめる、庵野秀明監督のアニメ感や特撮感を通してエンターテイメントとして成立しているように感じました。

後半のシンジくんと各キャラクターが対話するシーンでは、珍しくめちゃくちゃ説明してくれましたが、今の時代はいろいろな場面でちゃんとした説明を求められるようになったのでそういった意味でリアルな表現だったのかもしれないと思いました。

というわけで、個人的は感想はここまでとなります。

エヴァンゲリオン完結おめでとう!そして、ありがとう!

そんな気持ちですね。

エヴァンゲリオンは見るべき作品か?

最近、SFっぽいとある作品が評価が高くて、楽しみにしながら見たのですが、そのSF的表現があまりにもひどくてガッカリしたばかりだったので、SF的な作品はもう見なくていいかなと思っていたところでした。

でもエヴァンゲリオンだし、ここまで見てきたのでせっかくだから見てみようかと思ってみてみて普通に良かったな。といった感想でした。

わたくしDAsanは物事をフラットに見るので、ドライな感想になっちゃうのですが、エンターテイメントとして十分以上に楽しめる作品だと思います。

ただ、これまで書いたように、わかりやすいアニメではないので、そこは解った上で自分なりに見るのが一番だと思います。

いろんな感想や、考察が書かれていてそれを押し付けるような人もいますが、結局は見る人の捉え方次第だと思います。

人気の作品なので、いろんな人と話す話題のネタとしてはいいアニメだと思います。

他と違って評価された作品を「すごい作品」という人たちがいますが、それは評価された作品だからであって、知られてない他と違う作品は山ほどあると思います。

ただ、他と違うと普通はそうやってわかりやすい作品の中に埋もれてしまうものなのですが、エヴァンゲリオンはそれを突破した稀有な作品だと思います。

そういう意味でも、難しそうだから見ていない人も、自分なりの見方で楽しんでみたらいいんじゃないかと思います。

それではまた次の記事でお会いしましょう^^

 

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